世界経済が将来にわたり成長を続けていくという前提に立つかぎり、多くの人にとって、市場平均に連動するインデックスファンドに投資することが最適解だということは、既によく知られているところだ。具体的には、証券口座を開設し、広く分散された低コストのインデックスファンドを選び、積立設定をすれば、もうやることはない。時間をかけて働きながら、生活しながら、あるいは寝ながら、資産が増えるのをただ待てばよい。この戦略はとてもシンプルで誰にでも始められることだが、どこまでもシンプルであるが故の退屈さが、この戦略を継続することを難しくする。
退屈なほど簡単なのに、続けるのが難しいとはどういうことなのか。じっとしていられないのである。株価が上昇し、景気の良いニュースが巷に溢れ始めると、市場平均に連動した値動きがもどかしく感じられる。もっと儲けている人がいるのに、インデックス投資のような凡庸な投資スタイルでは、景気の波において行かれてしまうというような焦りに駆られる。逆に株価が下落し、不穏な空気が蔓延し始めると、これまで積み重ねてきた利益が消えてしまう前に、一旦市場から退出した方が賢明であるかのように思い始める。こうした人間心理こそが、理論上の最適解であるインデックス投資の継続にとって、最大の障害となるのだ。
世界経済は長期的には成長していくものの、短期的には大きな上昇と下降を繰り返す。米国の代表的な株価指数であるS&P500は長期的な成長を続けているが、1年ごとに切り取ってみると、マイナス成長の年もある。そして、これまでの株式市場の傾向として、株価が大きく下落していくときや、逆に大きく上昇していくときの勢い(速さ)と幅(金額)はとても大きい。大切なことは、マイナスの成長が続く期間や、急激に下降していく場面で、長期的な展望を持って保有資産を放っておくこと、できればさらなる追加投資を行うことである。しかし想像しやすいことではあるが、多くの場合、人はこれと正反対の行動をとってしまう。経済の低迷が続くと不安になり、急激な株価下落が起きるとパニックになる。その挙句、あれこれと理由をつけて、あるいは何も考える余裕もなく、保有資産を低い価格で売却してしまう。そして株価が勢いよく上昇し始めると、今度は投資に回す十分な資金がなく、資産を増やす機会を逃すことになる。
統計的にはどうなのか。株式が5%下落した時点で保有株式を現金化した場合、そのまま株式を持ち続けていた場合に比べて、どのように資産額が変化したかという調査を、米国のVanguard社が行っている。これによると、現金化していた期間が1ヶ月の場合は、56.9%の確率で、株式のまま持ち続けるよりも資産額が0.9%減少し、12ヶ月の場合は、78.6%の確率で資産額が9.1%減少する結果となる。これが意味することは、市場から退出している期間が長ければ長いほど、資産が減少する確率も幅も大きくなるということだ。市場はいつ上昇に転じるかわからない。そうだとすれば、長期的な低迷や急激な下落があったとしても、市場に居続けることが何よりも大切になる。
(上図:Vanguard HPから引用)
とるべき戦略は明確で、簡単で、誰にでも始められる。それなのにその戦略を続けることは難しい。それはその戦略を実行するのが人間だからである。人間は理性をもつ存在だが、どこかにまだ動物としての直感を宿している。それが論理的な戦略を続けることを難しくしているように思える。先の調査を実施した米国Vanguardの創設者であるJohn C. Bogleは、次のように述べている。
「健全な長期投資家にとって、直感こそが敵であり、理性こそが友である」John Clifton Bogle