歩くのが好きです。かっこいいウォーキングシューズとか、サングラスとか身につけて颯爽と歩くのではなく。街の裏路地や河原や静かな住宅街を、考え事しながら、てくてく自分のペースで歩くのです。楽しかったことを思い出したり、良いことを思いついたりしたときは歩く速度が少し速くなります。難しいことを考えているときはやや遅くなる傾向があります。嫌なことを思い出したときは蛇行したり、立ち止まったりしてしまいます。そして気づくと目的地に着いていたり、目的地を通り過ぎていたりするのです。
家の近くに公立の高校があって、敷地が広くて構内を歩けるようになっているので、よく歩きます。グランドが広くて山が見えて気持ちいいのです。雨が降っていたけれど、グランドでは、野球部員が白いユニフォーム姿で、練習していました。大きな声を張り上げて、グランド中を無駄なく効率的に使いながら。バッティングの練習に目がいき、しばらく傘を差しながら、じっと打者のスイングを見ていたところ、一番近くにいた部員が帽子を脱いで、気をつけの姿勢で、「こんにちは!」とあいさつしました。清々しいなと思いつつ、咄嗟のことで言葉が出ず、ネット越しに会釈をしてそのまま立っていたら。6人、7人、同じようにこちらに向かって帽子を脱いで挨拶してきました。練習を止めてしまったのが申し訳なく、こちらも大きな声で「こんにちは」と返して、少し離れた場所に移って、冷たい雨の降るグランドをそれからもしばらく眺めていました。
卒業生か、部のOBと思われたのでしょうか。それとも近所のおじさんか。でも、どう見られているかに関係なく、気持ちのいい挨拶でした。まっすぐに相手に届く言葉を投げられるということに、嬉しさや懐かしさを感じました。そうしたことができる仲間の中で、雨の中ボールを追い続けられる時間は、間違っていない。きっと、大切な時間として、彼らの人生に記憶されていくことと思います。今日のいいことでした。