オルカンの信託報酬
オルカンが信託報酬を下げることが話題になっている。ここでいうオルカンとは、三菱UFJ国際投信の投資信託「eMAXISSlim 全世界株式(オール・カントリー)」のこと。世界47ヵ国、約2900の企業の時価加重平均となる指標に連動するよう組成されている人気商品で、「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year 2022」で1位になっている。信託報酬も年率0.11330%以内と極めて安価な設定であることから、長期・分散・積立を心がける投資家に幅広く支持されている。今回、この信託報酬が、9月8日から年率0.5775%以内にまで引き下げられることが発表され、多くの人の関心を集めている。
確固たる決意
きっかけは、7月10日に野村アセットマネジメントが「はじめてのNISA・全世界株式インデックス」を、年率0.5775%以内の信託報酬で新しく設定したこと。それまで最安だった「eMAXISSlim 全世界株式」の信託報酬0.11330%のおよそ半分のコストで同じ内容のファンドが登場したことがきっかけとなり、今回の値下げにつながった。三菱UFJ国際投信は、eMAXISSlimシリーズを「業界最低水準の運用コストを将来にわたってめざし続ける」というコンセプトで設定しており、公正な比較の対象となる他社類似ファンドの信託報酬率が同社ファンドを下回る場合、ファンドの継続性に配慮した範囲で信託報酬率を引き下げることを基本とすると宣言している。この方針を堅持して、オルカンは何度か信託報酬の値下げを繰り返し行ってきた。今回の値下げ発表も、明らかに野村アセットマネジメントの新商品に対抗するためのもので、たとえ信託報酬が半分になり、利益の半分が吹き飛ぼうとも、業界最低水準の運用コストと顧客の信頼を堅持し続けるという確固たる決意を示しているように感じられる。殴られたら、相手が野村だろうがすぐさま殴り返すという姿勢には、爽快感さえ覚える。
素朴な疑問
ところで、今回設定された年率0.5775%以内という信託報酬を見て、この破格ともいえる低コストで、果たして運用が成り立つのだろうかという素朴な疑問をもった。というのは、米国バンガード社が運用するVanguard Total World Stock Index Fund ETF(通称VT)の経費率が年率0.07%だからだ。VTが連動する指数は「FTSE Global All Cap TR USD」、オルカンが連動する指標は「MSCI All Country World Index」なので、指数の使用料が異なるということがあるのかも知れないけれど、バンガード社はインデックス型投資信託を世界で初めて組成した米国を代表する資産運用会社だ。その会社が運用する商品よりも低水準のコストを、日本の会社が継続的に実現できるものなのか。8月時点での純資産総額を比べても、VTは4兆2896億円(1ドル145円換算)で、オルカンは1兆3363億円。資産規模で上回る米国のVTより低い信託報酬(経費率)を、日本のオルカンが実現できるのだろうか。
新たな気づき
もうひとつ気づいたことがある。それはETFで組成した投資信託の信託報酬の値下げには、構造的な限界があるということだ。例えば、SBIアセットマネジメントの投資信託「SBI・V・全世界株式インデックス・ファンド」の信託報酬は、現在年率0.1338%程度となっているが、この信託報酬がVTの経費率を下回ることはあり得ない。なぜなら、このファンドは顧客から集めた資金でVTを購入し、VTと同じ成果を目指しているからだ。ETFの購入というシンプルな組成方法により、運用の手間を減らすことはできるが、信託報酬の設定はVTの経費率に左右される。VTの経費率が0.07%であれば、この額を下回る信託報酬を設定して運用を継続することは、構造的に不可能だからだ。
( 下図:SBI・V・全世界株式インデックス・ファンドの運用方式)
これに対して、三菱UFJ国際投信のオルカンは、顧客から集めた資金で、直接米国の株式を購入して指数への連動を目指している。運用を直接行う手間は発生するが、自社努力で効率的に運用を行うことができれば、その分コストを引き下げることはできる。
(下図:eMAXISSlim 全世界株式(オール・カントリー)の運用方式)
そのときは、きっと惚れなおす
もちろんオルカンの信託報酬の値下げは喜ばしい。歓迎もしているし、心から応援している。でも長期的に続けられるものなのか。バンガード社のVTよりも低水準のコストを日本の会社が継続的に実現できるものなのか。正直なところ半信半疑だ。極東の島国で、インデックス投資信託を生み出した本家よりも低コストでの運用を実現した会社があることを知り、米国バンガード社がVTの経費率を下げてきたら…。そのときは、きっとオルカンに惚れなおす。それは米国バンガード社が日本のオルカンの存在を意識して経費率を下げたということであり、オルカンが世界規模の価格競争に一石を投じたことになるのだから。